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2019年07月24日

見事なびらん

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

 山口市から送られてきた「令和元年度がん検診等受診券」を持って胃がん検診に行った。何事にも気弱な私は、胃がん検診が怖い。“胃カメラを飲む”という言葉を聞くと、カメラを先端につけたあの長い黒い管が、身体に蛇のようにぬるぬると入りこむ図を想像してしまう。気持ち悪い。診察が始まる前から嘔吐がつく。やれやれ。

 喉を麻酔する液体を渡された。注意を言われたが、恐怖の固まりの私には聞こえない。自己判断で、ゆっくりと飲み込んだ。数分後、看護師さんから

 「吐き出してください」と言われ、びっくり。「飲みました」

 恐れていたほどのことはなく、すーと管が胃に到達した。テレビ画面に私の胃が映し出された。赤い粒々が胃の壁面に見える。また胃の別の場所には、ざらざらした壁に噛み終えたガムを張り付け引っ張ったようなものが一杯。なんだこれは! 「念のため組織を取りますね」。恐怖で心拍数が上がる。血圧も。

 本で調べてみたら、びらんの原因の一つにストレスがある、とあった。可愛そうな私。胃がびらんするまでのストレスを抱えていたなんて。そのストレスって何かしら?

 自覚がないけれどナイーブだったんだ私。検査結果は無罪という嬉しい結果。皆さん怖がらずに検診に行ってください(怖がるのは私だけ?)。  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目

2019年07月17日

主題

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

 S文学賞のA作家の選評の文章に目が止まった。
 "作品をどう描くかの技術研究はよくなされているが、一方で何を描くか、何を主題にするかはあまり探求されていない”。
 良くわかる。拙い文章ばかり皆さんにお目にかける私でも、何をどう書く
かは考える。どう書くかは、ある程度習うことができる。ある程度ね。
 「ここをこう書けばわかり易くなるわよ」。先生に批評されれば、それを踏まえて、何度も同じ失敗はするけれど、十年くらい経てば上手くなる。才能なんてなくても続けていれば、なんとか人に伝えることができるようになる。ある程度はね。
 何を主題にするかは難しい。これは書く価値があるのか? もうすでに書き尽くされている題材ではないのか。考え方が偏っていないか。個性ではなく偏見ではないか? この題材に対して、新しい発見があるのか。私の知識のなさのために私だけの新しい発見ではないのか? 広がりがあるか?
 “日常の中では新しい主題は日々生まれているのである。誰かに発見されることをその主題は待ち望まれている”。
 さあ、発見するぞ。加齢していく私の体は発見の宝庫。浮き沈みする心も開陳…何かがあるはずだ。ある程度はね。
  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目

2019年07月10日

バスが来たら

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 雲もない青い空。真昼のバス停で白い帽子をかぶってバスを待っていたら、花丘ファームのトラックが行き過ぎた。
 牛の臭いがした。黒い大型トラックで荷台に柵が見えた。柵の中には、一頭ずつ鼻輪でくくられた牛はいなかったが、獣の臭いと尿の臭いがした。
 牛を並べ/背に出荷番号をスプレーで書く//産地 血統 毛味 蹄などで/脂肪交雑の予測をする/特選 極上 上 中 並の格付けがある//輸送ストレスを考えて餌はやらぬ/水も飲ませぬ/荷札を角の間に くくりつける//半日も繋いでおくと/すなおに輸送車へ乗ってくれる 
定本・牛 竹内正企著「出荷」より
 花丘ファームのトラックはもう遠い。巨体の黒い牛と茶色の牛が首を伸ばして、荷札を風にはためかせて、私を見ているような気がする。臭いだけがまだ私にまとわりつく。
 私の買い物籠には、オージービーフの肩ロースがある。野菜なんぞを入れてビーフシチューを作るのだ。長くとろけるまで煮込む。
 塵ひとつない青い空。バスが来たら白い帽子をかぶり直して、買い物籠下げて乗り込む。花丘ファームのトラックのことなぞ忘れて。
 キッチンでビーフシチューの赤紫のルーを、姦しいだけのお笑い番組をテレビで見ながらすする。肩ロースを噛む。  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目

2019年07月03日

居るよ、居る、居る。

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 高子さん、あなたに謝りたいことがあるの。「家の中にいたずらな小人がいる」って、言っていたでしょ。私は「そんなことないでしょう」と否定してしまったけれど、ごめんなさい。小人は家の中に居る、絶対居る。
 先日、友達に借りた本を返そうと、台の上を見たら、ない。なんで? だってさっきここに置いたのに。自分の歩いた所を思い出しながら辿った。トイレ、台所、玄関…ない。どこにもない。どうしよう。もう一度と台の上を見たら、あった。ちゃんとあった。なんで? 不思議!
 これがいたずら好きの小人の仕業でなくてなんだというの。
 庭の草が毎日毎日、勢いよく伸びてくる。取らねば。いつもの場所にシャベルがない。目立つように赤いリボンを結んだシャベルがない。もう日除け用の帽子も被り、長い手袋もした。シャベルがない! 一時間必死で探した。あきらめて、振り返ると、いつもの場所に去年の土の汚れをつけたままのシャベルがあった。あった…小人の仕業以外ない。
 なくしたと思っていた指輪が、ある日鏡台の上に置いてあった。眼鏡が布団の間から出てきた。良かった。ありがとう、小人さん。小人さんって、良い人かもしれない。 
 高子さん、ごめんなさいね。小人は居るわ。絶対居る。  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目

2019年06月29日

きんと雲

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 冒険小説を読んでいたら旅行に行きたくなった。それも秘境。小説は、無人島での波乱万丈の日々が綴られているのだけれど、私は無人島には行けない。行けば、島を探検するどころか数日で死ぬ。生き抜く知恵を持っていない。衣食住、なにもかも人に頼っている。火ひとつ熾すこともできない。海が周囲にあっても魚一匹釣る技術も持たない。孤独には数日耐えられるかもしれない。あきらめることはすぐできる。砂浜に座して星空を眺めながら喉の渇きに苦しみ死ぬであろう。
 ということでツアーに入り、誰かに安全に連れて行ってもらう旅を探した。行く予定などないのだが、心だけは行く気になっている。“きんと雲に乗って、旅に出かけませんか”というS旅行社の案内書を求めた。西遊記の孫悟空の乗った、あのきんと雲。行きたい所が沢山あった。
 “ユキヒョウを探す”“砂漠と大西洋が出会う国ナミビア”。ナミビアの浜に打ち上げられた難破船の写真を見て、その静謐な風景に長く憧れ続けてきた。“歩かずに行く秘境ムスタン王国”“未知なる中央アフリカ”。コンゴには、ボノボがいる。“トルクメニスタン完全周遊”。この国にある地獄の門、噴出するガスに火を放ったために四十年以上燃え続ける「火のクレーター」。
 私は、きんと雲に片足をかけた。  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目

2019年06月19日

本の海に潜って

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 『新しい本が出る予定があり、版元から発行明細書が届いた。その部数を見てこれは間違っているのではないかと、何度も見直した。それは文庫の初版部数の明細書だったのだが、その部数はこれまでの単行本の初版の部数だった。一般的に同じ本であれば、単行本の初版部数よりも文庫のほうが多いものだけれど、以前より一桁少なかった。私はそれを見て、そういうものかと納得した。初版が三十万部、少なくとも十万部などという時代は終わった。これから本が売れなくなる時代に突入したと、はじめて気がついたときだった』。“この先には、何がある? 群ようこ著”。
 長々と引用したがこれが書かれたのは数年前。今はもっと状態は悪く、大作家でも初版何千部らしい。
 友人からチラシが送られてきた。
『こんな「本」見つけた! 村田喜代子の本よみ講座。ムラタさんが案内する、おもしろ読書の世界―「このごろ“本”があんまり読まれてないね」「ずいぶん沢山出てるから面白い本やいい本も本の海に呑みこまれてしまうんだよね」「じゃあ私たちでその本の海に潜って探そうか」』。
 彼女達と一緒に海に潜りたい。場所は福岡市内。遠いけれど山口から福岡まで千円の高速バスがある。潜ろう!  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目

2019年06月12日

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 真新しい朝の空気を少し揺らし、バイクの音がして新聞が配達される。ポストに落ちる音はいつもちょっと湿っている。一日はこの音で始まる。午前中は、どこからか犬の声が聞こえたり、車や自転車の音がせわしなくする。
 昼間はとても静かで音がない。なのに先日、鳥の声が間近で聞こえた。羽音までする。庭の数本の木に鳥が来て囀ることはよくある。それにしても近い。音の聞こえる方に目をやると、部屋の中で鳥が飛んでいた。廊下の網戸が少し開いている。そこから入ったのだろうが出ることができない。部屋を飛び回り、疲れたら壁に止まる。20センチはある大きな鳥だ。あっ、燕尾服を着ている…ツバメだ。廊下の窓をすべて開け放った。しばらくして部屋に行くともうツバメはいなかった。音もなく去った。
 夜、音高く風呂に湯を入れる。泡立つ入浴剤が好きでそれを入れる。泡の中に身を沈めると耳の側で泡のはじける密やかで華やかな音がする。今日ね、こんなことがあったのよ、と泡に聞かせる。
 夜中、雨の音で目覚める日がある。雨音はどんなに激しく瓦や庇を叩いても私は安心して眠れる。が、風の音はいけない。吹き飛ばされて何かと何かがぶつかる音は不安だ。明朝いつもの平穏な音はなく、風景が一変しているようで眠れない。  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目

2019年06月05日

大人の階段

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 緑の季節ですね。枯れてしまったのかと思っていた枝々から柔らかい新芽が吹き出てくる。あっちからこっちから元気にツンツンと。
 六十代頃までは、花にはさして興味を持たなかった。桜見物した記憶もない。それが近頃、花に目が行くようになったんです。特に六月になると、植物の生命の力に圧倒され、畏敬の念を抱くのです。朝の光に敬礼し、木々の新芽に見惚れ、夕日に頭を垂れる。地球の偉大さを知る。これって、確実に大人への階段を上って、豊かな老境への道を進んでいることですよね。
 このような詩に目が留まります。
 良心の呵責の一例 まるらおこ
すっかり枯れてしまったベランダの鉢植えのアジサイが/ある日突然、茶色の枝を真っ白に変えた。/早春の冷気と陽光からおそろしいスピードで/エナジーを吸い取っていることに気がつかなかった。//「わたしきょうから春なんで」/アジサイが言い放つ ベランダで平然と//白杖のような枝から茶褐色の新芽があらわれ/割れて、ぞくぞくと柔らかな緑色が生まれる。/日に日に葉や茎に育っていく。//このなまめかしい生気は/いったいどこに隠れていたのだろうか。(略)
 花の終わった水仙、紅梅、鈴蘭等は今は土中で鼻歌まじりで、もう来年の準備をしている。凄い生命力!  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目

2019年05月29日

白秋期

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 『人間がいかにみっともない、取るに足らない存在であるか、ということがよくわかってきます。ためしに、読者も鏡の前で裸になってみてください』(「白秋期・五木寛之著)。
 人生を青春、朱夏、白秋、玄冬と分けた人生四季説の中の白秋期。著者はそれを五十歳から七十五歳あたりまでの二十五年間としている。この本は、その季節を私たちはどう生きるのか、という道案内の書である。私はギリギリ白秋期にある。
 自分が取るに足らない存在である、というのはわかっている。私の周囲には知恵のある賢い人達が沢山いる。彼女達を羨望の目で見ている。
 まあ、確認のために脱いで見るか。五木氏の指示通り、着ているものを順々に脱ぐ。いや、まあ、…こんなものか。縮緬皺やシミがあろうとも、足が湾曲していようとも、さして日常生活に不自由はない。しかし、みっともないということは確認できた。謙虚に生きていこう、これからもよろしく、と裸に挨拶した。裸がこちらこそ、と残っている美しい部分を見せて礼を返した。
 新聞を広げたら、河野裕子氏の歌が目に飛び込んできた。
美しく齢を取りたいと言ふ人をアホかと思ひ寝るまへも思ふ
 白秋期の後はいよいよ玄冬期である。いざ、いざ。  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目

2019年05月22日

迷うなあー

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 青磁色の着物が良く似合う、蝋梅の訪問着に、白い唐織の帯の美貌のママと、銀座の一流のワインバーで飲む財閥の御曹司。御曹司は留学経験もあり、哲学も文學にも秀でている。いわゆる超のつくエリート。話題も豊富で、その上お金は腐るほどある…そんな本を読んでいる。
 私は東京の銀座を少し歩いたことはあるが、そこで飲んだこともランチしたこともない。本などで見ている限りにおいては銀座は素敵だと思う。もちろん一流店も嫌いではない。しかし、私はそこに行けば確実に身の置き場に困る。ワインのことは全く分からない。着て行く服も見当がつかない。ファッション誌で『憧れのレストランへ憧れの服を着て』というのを見た。モデルが着ているのは幾何学模様のワンピース。私の友人もこれと同じような服を着ている。おお! 値段を見て驚いた。桁が違う。友人の服は絶対そんな値はしない。その辺の店で買ったと言った。私には、違いがわからない。
 ということで身の程に合った『「貧乏」のススメ』(齋藤孝)を読む事にした。『貧乏するにも程がある』(長山靖生)にしようかな?『希望格差社会―負け組の絶望感が日本を引き裂く』(山田昌弘)。『下流志向』(内田樹)。なぜか書棚には貧乏の本がまだ数冊ある。迷うなあ。
  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)おんなの目