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2019年07月17日

中庭《県美の森》


▲中庭風景

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

 下瀬信雄展は7月7日に終了した。次は7月23日から始まる「香月泰男のシベリア・シリーズ」展。同シリーズ全57点を8年ぶりに展示する。
 ところで、梅雨の中休みとなった日の午後、久しぶりに美術館の中庭に出てみた。
 遊歩道を歩きながら作品を眺める。石が並んだように見える杉浦康益の陶芸作品、ビール瓶を波間に浮かべた田辺武の石彫作品、内部を覗きたくなるような田中米吉の金属製の作品が続く。ダン・グレアムのガラスと木材でできた三角柱構造物(扉を開けて中に入ることができる)が歩み寄る人の姿を映し出す。ステンレスの台に細長い金属の棒を密集させた川口政宏の作品の後ろを回って、最後に、大きな四つの石を並べた菅木志雄の作品の前に来る。
 隣の森のセミの声が大きな波のように聞こえる。生い茂った夏草の間にはネジバナが咲いていた。いずれ刈られてしまうけれど、彫刻が点在する野原に入り込んだようで楽しかった。
山口県立美術館学芸参与 斎藤 郁夫  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)サンデー美術館

2019年06月19日

下瀬信雄展


▲展覧会会場

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

 写真家・下瀬信雄の自然に対する視線はとても懐かしく、また、とても新鮮である。
 「結界」シリーズが見せてくれるものは、撮影された場所も時代もちがうけれど、私にも覚えがある。夏の朝、小学校の昇降口の下に落ちていたオオミズアオの冷たく澄んだ色、田んぼのアメンボが踏みつけている不思議な水面のへこみ、そして、駅に続く小道が通る竹林の深い暗さ。みんな写真から思い出す。
 その一方で、初めて見るような新鮮な驚きも感じる。画面の下から上までびっしり広がるヒメオドリコソウ。見慣れた植物のイメージを一変させるような猛烈な生命力。そして、まるで艶やかな女性のポートレートを見るような白い花。題名を読むまで、それが夏にすっくと立って淡い色の花をつけるナツズイセンだとは思わなかった。
 カラー写真は小説でモノクローム写真は詩である、と下瀬は言う。
 なるほど。すばらしい詩だなと思う。会期は7月7日(日)まで。
山口県立美術館学芸参与 斎藤 郁夫  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)サンデー美術館

2019年05月15日

No.253 ふたつの写真展


▲牛腸茂雄「SELF AND OTHERS」(1977年)より

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 今月23日から企画展「下瀬信雄展」が始まる。萩市在住の写真家の大規模な個展だ。同時に始まるコレクション展でも写真家、牛腸茂雄の「SELF AND OTHERS」60点が展示される。ふたりの作品を通して、存分に写真の魅力に触れていただきたいと思う。
 牛腸の60点の写真は、1970年代前半に撮影されたものだ。そのころ10代半ばだった私のまわりにも、被写体となったような子どもや大人がたくさんいた。子どもの遊びは自分たちのと同じだったし、大人を見れば、自分もあんなふうになるんだなと思っていた。
 写された一人一人は、牛腸のカメラを通して、今、写真を見ている私と真正面から向かい合っている。彼や彼女たちの視線を受け止めながら、私の表情も微妙に変化しているだろう。
 視線の交錯が生み出す切迫するような一瞬の実感―この感覚があるから、時間を超えて、私も彼や彼女たちと同じ世界に立っているように感じられるのだと思う。
山口県立美術館学芸参与 斎藤 郁夫  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)サンデー美術館

2019年04月17日

扇の国、日本


▲扇面法華経冊子断簡(部分)滋賀・総本山西教寺蔵

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 この扇の全面を覆う文字の下に描かれた場面を見てみる。
 冠と烏帽子を着けた二人の人物がいる。カタログの作品解説を読むと、床下に水が流れる泉殿で涼をとりながら酒肴を楽しむ様子が描かれている、とのこと。
 そういえば、すのこのような板が見える。水の流れを表す小さな盛り上がりも見える。冠の人物の前に置かれた高坏にきれいに並んでいるものは何だろう。鮮やかな赤い漆の面が、マクワウリを切ったようなその白いものを美しく際立たせ、見る者の目をひく。烏帽子の人物の前にもわずかに高坏の赤がのぞいている。友人とくつろいで談笑する800年も前の穏やかなひとときが蘇ってくるようだ。
 それにしても、この日常のひとこまをすっかり覆う経文の文字、である。その意味するところは、何よりもまず今ある生活すべての平穏を祈ること、だったのだろうか。当時の人々の切実な願いも重なって見えてくる気がする。
山口県立美術館学芸参与 斎藤 郁夫  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)サンデー美術館

2019年03月20日

ここは扇の国


▲「舞踊図」(部分)サントリー美術館蔵

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 今日から「扇の国、日本」展が始まる。
 今も日常生活のなかで使われている扇は、千年以上も前の日本で発明された。それは凉をとる以外にも、多様な働きと意味を担わされてきたもののようだ。
 たとえばご神体や仏像のなかに納められた扇。それは神仏と人とを結ぶ呪物だったという。また、日輪と月輪を表裏に描いた軍扇。総大将が扇を翻すことで日時を進め、悪日を吉日に転じさせる機能を帯びていたらしい。
 個人の持ち物としての扇は、持ち主の趣味と教養が一目瞭然となってしまう装身具でもあった。しかしそれほど趣向を凝らして作られながら、はかない使い捨ての道具でもあったという。その多様な意味と機能の理解は、なかなか一筋縄ではいかない。
 本展では、扇そのものの他、扇をモチーフにした絵画、着物、陶器などの作品によって、千年の間使い続けられている扇の不思議と魅力を、さまざまな角度から紹介する。
山口県立美術館副館長 斎藤 郁夫  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)サンデー美術館

2019年02月20日

コレクション展 シベリア・シリーズⅢ


▲香月泰男「荊」1965年

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 香月泰男のアトリエには有刺鉄線が置かれていたという。彼が2年過ごしたシベリアの収容所は有刺鉄線に囲まれていた。
 私の子供の頃、有刺鉄線はどこの野原でも目についた。遊んでいると、等間隔につけられた四本の刺の塊に引っかかり、太腿に多くの傷をつくった。これさえなければただの鉄線にすぎないのに。そう、まさにこの無数の小さな刺の塊こそ、有刺鉄線の本質そのものだった。
 その刺を20個だけ描いたこの作品。画面はかなり複雑につくられている。セメントのような重い絵具を、一気にコテのようなもので押し広げる。それをくり返す。そうすることでしか現れてこない複雑でぶ厚いマチエール(絵肌)のなかに、香月はシベリアの記憶をまざまざと呼び起こす「景色」を見出そうとしたのだろう。
 刺の形ははっきりと描かれていない。しかし、それが存在する周囲の空間は黒く濁り、いかにも禍々しく、見る者に迫ってくる。
山口県立美術館副館長 斎藤 郁夫  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)サンデー美術館

2019年01月23日

開館40周年


▲完成したばかリの山口県立美術館

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 今から40年前、1979年10月6日の土曜日、山口県立美術館の開館式典が催された。秋晴れの一日だったと聞く。開館記念の特別展「生誕150年狩野芳崖」の一般公開は翌7日から。
 当時の新聞を見ると、前売券がなくすべて当日券販売だったため、6日午後8時から防府市と松山市の男性がチケット売り場前に寝袋持参で並んだという。初日は県内外から5千人が訪れた。18日には入館者3万人目達成。その記念すべき人は21歳の山口大学の女子学生だったようだ。
 今から40年前、私も山口から遠く離れた地に住む21歳の学生だった。授業をサボって山登りにうつつを抜かしていた頃。山口の「や」の字も美術館の「び」の字も思い浮かぶはずもなかった。ところがその8年後、この山口に移り住んで、芳崖の作品とも関わり合う仕事に就いた。
 さまざまな偶然が重なってそうなった、と理解している。でも今となれば、何かの「縁」があったから、と思いたい。
山口県立美術館副館長 斎藤 郁夫  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)サンデー美術館

2018年12月19日

記念の年


▲開館記念展カタログ表紙

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 明治150年記念の今年は山口市(秋穂町)出身の画家小林和作の生誕130周年にも当たり、当館ではこの春、コレクションによる「小林和作展」を開催した。
 和作は1888年8月14日の生まれ。この年の出来事を調べていると、7月に磐梯山が大噴火を起こし、9月に森鷗外がドイツより帰国とあった。そして11月5日に下関市(長府)出身の画家芳崖が没している。
 芳崖の生まれは1828年なので、今年は没後130周年で生誕190周年でもあった。これを記念した「狩野芳崖とその系譜」展が、ゆかりの地下関の市立美術館で4月~6月に開かれた。
 振り返って1979年、当館の開館記念展でも狩野芳崖がとりあげられていた。数えの年齢で「生誕150年」とうたわれている。
 そして来年こそが当館の開館40周年である。はや、あるいは、ようやくその記念の年を迎えるわけだが、開館当初から美術館に残っている職員はもうひとりもいなくなった。
山口県立美術館副館長 斎藤 郁夫  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)サンデー美術館

2018年11月21日

雲谷等顔展


▲「梔子に鶺鴒図」 雲谷等顔

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 クチナシとセキレイ。花弁と蕾の白が驚くほどリアルに見える。葉は緑で先っぽが茶色。虫食いの穴も、そこからのぞく葉もていねいに描かれている。鳥は頭を上方に振り向け、囀るように嘴を開く。生き生きとした描写がとても印象的だ。
 よく見れば、単子葉植物の茶色い葉が横に伸び、セキレイがとまる枝には刺がある。クチナシとは別の植物だ。
 画面の左端を眺めていると、ここで不意に裁断されてしまったように思える。もともとはもっと大きな絵だったのではないか…と想像してみる。
 絵の左側を勝手に思い描いてみれば、刺のある植物も、細長い葉の植物もクチナシとともにきっちりと描き込まれているはずだし、セキレイにしても、おそらくは上方にいるもう一羽と鳴き交わしているつがいの片割れであるはず、と思う。
 小さな画面ではあるが、表現の力が見る者の想像力を大いに刺激してくれる楽しい絵である。
山口県立美術館副館長 斎藤 郁夫
  

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2018年10月17日

コレクション展「山口ゆかりの画家たち」


▲永地秀太「絞り」

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 展示室に入ってすぐに永地秀太の作品《絞り》と《更紗の前》がある。前者は1913(大正2)年、後者は1924(大正13)年に描かれた。
 わずか10年ほどの差ではあるが、作風はかなり違う。《絞り》を見ると、筆の跡がそのまま残り、絵具が厚く塗られている。ゴッホのごつごつした絵肌を思い出させるが、永地の絵としては異色である。
 そういえば、明治末年から大正初期にかけて、雑誌『白樺』が盛んにゴッホを紹介していた。同誌に掲載された武者小路実篤の「バン、ゴッホよ/燃えるが如き意力をもつ汝よ/汝を想ふ毎に/我に力わく/高きにのぼらんとする力わく、/ゆきつくす處までゆく力わく、/あゝ、/ゆきつくす處までゆく力わく。」という詩句を読むと、当時の人々の心にゴッホが与えた強烈なインパクトも想像できる。
 この絵は、そんなゴッホ熱のなかで描かれたのだろう。しかし熱はすぐ醒めたようである。
山口県立美術館副館長 斎藤 郁夫  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)サンデー美術館