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2019年07月27日

No.152 仁保「『夢の椀プール』8月31日まで開放中」



実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

仁保上郷にある「夢の椀プール」が、今年も開放中だ。暑さしのぎに「ちょっと冷たい」河川プールで泳いでみては。

 仁保上郷の犬鳴公園一角にある「夢の椀プール」は、例年8月21日から8月31日の午前10時から午後4まで開放される。縦25メートル、横9~11メートル、水深約1メートルのだ円形のプール内に設置されている椀を二つ伏せたような遊具が名前の由来だ。直径5メートル、水深0.2メートルの幼児用プールも併設されている。
 仁保川の清流を引いた「ちょっと冷たい」同プールは無料の施設で、安全管理は利用者の責任に委ねられる。
 地元大富地区の住民で結成される「おおとみを良くする会」や天気が良ければ仁保中の生徒も清掃し、来場者を歓迎する。  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)やまぐち深発見紀行

2019年07月20日

No.151「国指定天然記念物『平川の大スギ』」



実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

 山口市吉田の雑木林に立つ「平川の大スギ」。推定樹齢800年ともいわれる巨木の堂々たる風格は、見る者を圧倒する。

 山口大国際交流会館前の三差路近くにあるコンビニエンスストア脇を道なりに進むと、国の天然記念物「平川の大スギ」がある。
 説明看板によると、数株が接着し、高さ約35メートル、目通り周囲約8・5メートル、根回り10・5メートル、日本海側に生息するスギの特徴を持つ巨木だ。平清水八幡宮(山口市吉田)社有地の雑木林に、ひときわ大きな存在感を持ってそびえ立つ。
 推定樹齢は約800年。頭痛の時は樹皮を頭に巻き、歯痛の時は樹皮をかむと治るが、樹枝を切ると奇病にかかるとの言い伝えが残る。柵内への立ち入りは禁止だ。  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)やまぐち深発見紀行

2019年07月13日

No.150宮野 「故郷に眠る『宮野の宰相』寺内正毅」


▲寺内正毅の墓

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

 陸軍大臣、初代朝鮮総督、内閣総理大臣を歴任した宮野出身の元帥・寺内正毅。故郷の地に葬られ、今年で没後100年を迎える。

 寺内正毅は、長州藩士宇多田正輔の三男として1852年に平川で生まれ、後に母方である寺内家の養子となり宮野に移住した。
 幕末維新の戦役に従軍し、西南戦争で右手を負傷。以後は軍政畑を歩み、陸軍大臣、初代朝鮮総督などを歴任した。元帥の称号を得た1916年、第18代内閣総理大臣に就任。幸運の神様「ビリケンさん」に似た頭の独特な形状から「ビリケン宰相」とも呼ばれた。
 米騒動の責任を取り総辞職した翌年の1919年11月3日に病死。故郷宮野の地に葬られた。墓所には、同じく元帥となった息子・寿一の墓も隣に並ぶ。  

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2019年07月06日

No.149湯田「赤妻・土井地区の村社『生目八幡宮』」


▲生目八幡宮

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 赤妻町内を通過する路線バスの停留所「土井」近くに祀られる「生目八幡宮」。看板は目にするが、いったいどんな神様だろうか?

 「いきめさん」などの名で親しまれている「生目八幡宮」。1915(大正4)年の登記には、赤妻・土井地区32軒の共同管理と記されていた村社だ。
 一方、宮崎県に鎮座し、藤原景清伝説を持つ「日本一社生目神社」は、目の神様、見通しがきくことから商売の神様として崇められている。このようなご利益にあやかりたいと「生目」と名の付く神社は全国に多数ある。ここ、生目八幡宮もその一つと考えられているが、社伝は現存しない。
 年に4回清掃、毎年4月15日と12月5日に大祭を開催するなど、今も地域住民に手あつく管理されている。  

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2019年06月29日

No.148吉敷「住民の手で四季折々の風景 吉敷畑」


▲4〜5月

▲6月

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 現在、田植えが終わり、棚田の水面に空を映し出す吉敷畑地区。地域住民の環境保全への取り組みが様々に評価されている。

 山口市吉敷畑地区は、山口バイパスから美祢市へ至る国道435号線沿いにあり、市街地からは車で約10分の集落だ。西鳳翩山の山麓傾斜地に沿って100枚以上の棚田が築かれた景観は、2010年に県から「やまぐちの棚田20選」にも選ばれている。
 地域住民が協力して「吉敷畑集落」や「吉敷畑みどりを守る会」などを結成し、2015年から棚田のり面にシバザクラを植栽するなど農村環境の美化に尽力。2018年には農業への取り組みが評価され、中国四国農政局長表彰で優秀賞を受賞した。  

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2019年06月22日

No.147秋穂「秋穂の製塩業と『日地石風呂』」

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 日地の石風呂は、塩田労務者などの保養を目的として幕末に築造された。製塩業で栄えた秋穂の歴史をとどめる山口市の文化財だ。


 秋穂地域とその付近一帯は、遠浅の干潟の地を利用して製塩業が盛んだった。その歴史は、出土した土器などから古代にまでさかのぼることができる。
 「秋穂町史」によると、秋穂で最も早く開かれた塩田は、日地山麓の「青江塩田」だ。浜主の一人、栄楽屋(松永)栄蔵が、1862(文久2)年に塩田労務者や付近の人々の保養を目的として石風呂を築造。「日地石風呂」として1978年、山口
市の有形民俗文化財にも指定された。この石風呂は、自宅敷地内にある渡辺公智さんが現在所有している。
 石風呂とは、岩をくりぬいたり石を積み上げたりして部屋を造り、その中で薪を燃やす風呂のこと。室内が十分暖まると燃え残りをかき出して床に海藻やむしろを敷き、熱気や蒸気を浴びる。  

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2019年06月15日

No.146 秋穂二島「7月7日供用開始 美濃ヶ浜海浜広場」



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 美濃ヶ浜は、秋穂湾岸に位置し周防灘を望む波の穏やかな浜。海浜広場の整備が進められており、今夏注目のスポットだ。

 山口市秋穂二島の美濃ヶ浜に、海水浴時の休憩などに利用できる施設が新築され、7月7日(日)に「美濃ヶ浜海浜広場」として供用開始される。同施設には、屋根付きの休憩スペース、バリアフリー対応トイレ、男女各2基の個室型シャワー、足洗い場などが備えられ、約40台分の駐車場も整備される。
 山口市は、かねてより南部地域の海洋資源を活用した観光誘客を計画。今後、地元関係者らと連携し、にぎわい創出のために活用していきたい意向だ。
 7月7日午前10時からは、オープン記念式典が予定されている。  

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2019年06月08日

No. 145 阿東 地域住民らが守り続ける清らかな湧水






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 阿武川を源流とする阿東嘉年の「水出の泉」。住民らが整備や清掃を続ける地には、美しい水と自然があふれている。

 水温は年間を通して約13度で、水量も豊か。透明度が高く、1982年の山口県名水審査で2位を獲得した。
 水出の泉に祀られている水神様は、平安時代に朝廷が勧請。91年に住民の手で1100年ぶりに社殿が再建された。以降も休憩所や親水公園の整備、ユウスゲ植栽などが進められ、清掃活動も実施。水の恩恵に感謝と愛着を持つ人々が、四季折々の景観と清らかな流れを守っている。
 国道315号線を徳佐から萩市須佐方面へ進むと到着する。これからの時期は、避暑にもお勧めだ。  

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2019年06月01日

No. 144阿知須「きょう、阿知須浦まつり・十七夜祭」


▲踊り曳き山(昨年の様子)

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 140年以上の歴史を持つ阿知須の伝統行事「阿知須浦まつり・十七夜祭」が、きょう6月1日に商店街や漁港などで開催される。

 祭りの見せ場は、ハチマキに白装束の男衆が山車を引いて練り歩く「踊り曳き山」だ。毎年、5地区で持ち回り、今年は当番の縄田地区が、午前8時半に縄田コミュニティーセンターを出発し、まちを一巡する。道中、各所で停車し、舞の披露やもちまきで沿道の観客をにぎわす。
 午後3時からは、東条地区によって担ぎ出された男・女神輿が恵比寿神社を出発し、築地公園の御旅所に向かう。さらに、女神輿は御神体を管弦船に乗せ、港を遊覧。祭りの締めくくりは、3500発の花火が阿知須浦の海面と夜空を彩る。  

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2019年05月25日

No.143大内 「大内氏の氏寺・興隆寺と氏神・妙見社」


▲国指定重要文化財の梵鐘

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 氷上にある大内氏の氏寺・興隆寺と氏神・妙見社。現在、クラウドファンディングで「未来に伝える」支援も呼びかけられている。

 興隆寺(山口市大内氷上5)は中世、大内氏の氏寺として大いに栄えた。その境内には氏神・妙見社があり、周辺には多くの僧坊が立ち並んでいた。だが、大内氏滅亡後は衰退し、今は江戸時代建造の興隆寺中興堂(釈迦堂)と妙見社、そして梵鐘だけが残る。
 国指定重要文化財の梵鐘は、1532(享禄5)年に大内義隆が寄進したもので、自由につくことができる。
 5月31日(金)まで、中興堂の屋根を修復するためのクラウドファンディングが立ち上げられている。目標500万円まであと32万2千円(5月23日現在)だ。  

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