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2019年07月20日

No.4 「梅雨と弟 「少女の友」昭和12年8月号」

毎日々々雨が降ります
去年の今頃梅の実を持つて遊んだ弟は
去年の秋に亡くなつて
今年の梅雨にはゐませんのです

お母さまが おつしやいました
また今年も梅酒をこさはうね
そしたらまた来年の夏も飲物があるからね
あたしはお答へしませんでした
弟のことを思ひ出してゐましたので

去年梅酒をこしらふ時には
あたしがお手伝ひしてゐますと
弟が来て梅を放つたり随分と邪魔をしました

あたしはにらんでやりましたが
あんなことをしなければよかつたと
今ではそれを悔んでをります……

【ひとことコラム】毎年梅酒を作って翌年に備える、日常とはそんな営みの繰り返しです。すでに日常に戻ったように見える母に対して、姉は昨年秋で時間が止まってしまった弟を思い続けます。少女雑誌に掲載された詩ですが、二人の弟と愛児に先立たれた中也の実体験が濃い影を落としています。
中原中也記念館館長 中原 豊
  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)中原中也詩の栞

2019年06月15日

No.3 六月の雨 詩集『在りし日の歌』より

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)


またひとしきり 午前の雨が
菖蒲のいろの みどりいろ
眼うるめる 面長き女
たちあらはれて 消えてゆく

たちあらはれて 消えゆけば
うれひに沈み しとしとと
畠の上に 落ちてゐる
はてしもしれず 落ちてゐる

お太鼓叩いて 笛吹いて
あどけない子が 日曜日
畳の上で 遊びます

お太鼓叩いて 笛吹いて
遊んでゐれば 雨が降る
櫺子の外に 雨が降る


【ひとことコラム】櫺子とは窓や戸にはめ込まれた格子のこと。同じ風景でも格子を通して見ると少し違って見えるのが不思議です。降り続く雨は半透明の格子のようなもの。雨の情景に浮かんで消える女性は詩人の心の中の存在でもあり、消えることない思いのように雨音が響き続けています。
中原中也記念館館長 中原 豊  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)中原中也詩の栞

2019年05月18日

No.2 村の時計 詩集『在りし日の歌』より

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

村の大きな時計は、
ひねもす動いてゐた

その字板のペンキは、
もう艶が消えてゐた

近寄つてみると、
小さなひびが沢山にあるのだつた

それで夕陽が当つてさへが、
おとなしい色をしてゐた

時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴つた

字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかつた

【ひとことコラム】目には見えない時間を針の動きや音で知らせてくれるのがアナログ時計です。長く時を刻み続けた古時計は、近所のご老人のような親しみとともに、時間そのものの化身のような不思議さを感じさせます。変化を続ける時代の中にも不変なものがあることを、その姿に感じます。
中原中也記念館館長 中原 豊  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)中原中也詩の栞

2019年04月20日

No.01 春宵感懐 詩集『在りし日の歌』より

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)


雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。

なんだか、深い、溜息が、
 なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、摑めない。
 誰にも、それは、語れない。

誰にも、それは、語れない
 ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢやないですか、
 けれども、それは、示かせない……

かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合せれば
につこり笑ふといふほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。


【ひとことコラム】
暖かな春の夜には、冬の寒さにこわばった体がほぐれるように、感覚が解放され思いが広がっていきます。そんなやわらかな心の中に浮かびあがる、言葉にできない大切なものの存在や、同じ時代を共に生きる人々の姿を、この詩はやさしく語りかけるようにうたっています。
中原中也記念館館長 中原 豊  

Posted by サンデー山口 at 00:00Comments(0)中原中也詩の栞