2009年12月11日
東洋のモナ・リザ
先のこの欄で、ロシアのモナ・リザ、「忘れえぬ女」のことを書いたが、東洋にもモナ・リザがいたのだ。
友人が11月初旬、山口宇部空港からチャーター便でアンコール・ワットに出かけた。土産に女性像の絵ハガキを貰った。裏面に“アンコール遺跡群、バンテアイ・スレイ寺院遺跡の壁面に彫られた女性像。東洋のモナ・リザと呼ばれている”と書いてあった。
彼女は左側に顔を少し傾けている。くっきりとした目、風雨のためか鼻の頭が欠けている。ふっくらとした厚い唇。右口角が少し上がり、微笑んでいる。豊かな乳房。バンテアイとは砦、スレイは女の意で遺跡は「女の砦」。
私は絵を並べてみた。967年頃のバンテアイ・スレイの彫像。1506年頃のレオナルドのモナ・リザ。1917年頃の忘れえぬ女。各絵の共通点は、気品のある美女で、憂いがあるということ。私は最初繋がりは微笑みかと思っていたが、東洋のモナ・リザとレオナルドのそれは微かに微笑んでいるが、ロシアのそれは、眉間に皺を寄せていて微笑んではいない。私は東洋のモナ・リザが一番身近に感じられた。その彫像には慈悲の心が見える。アジアは人々に優しい。
まだ世界には、モナ・リザのような美女達が潜んでいるに違いない。逢いたい。逢えるだろうか。
友人が11月初旬、山口宇部空港からチャーター便でアンコール・ワットに出かけた。土産に女性像の絵ハガキを貰った。裏面に“アンコール遺跡群、バンテアイ・スレイ寺院遺跡の壁面に彫られた女性像。東洋のモナ・リザと呼ばれている”と書いてあった。
彼女は左側に顔を少し傾けている。くっきりとした目、風雨のためか鼻の頭が欠けている。ふっくらとした厚い唇。右口角が少し上がり、微笑んでいる。豊かな乳房。バンテアイとは砦、スレイは女の意で遺跡は「女の砦」。
私は絵を並べてみた。967年頃のバンテアイ・スレイの彫像。1506年頃のレオナルドのモナ・リザ。1917年頃の忘れえぬ女。各絵の共通点は、気品のある美女で、憂いがあるということ。私は最初繋がりは微笑みかと思っていたが、東洋のモナ・リザとレオナルドのそれは微かに微笑んでいるが、ロシアのそれは、眉間に皺を寄せていて微笑んではいない。私は東洋のモナ・リザが一番身近に感じられた。その彫像には慈悲の心が見える。アジアは人々に優しい。
まだ世界には、モナ・リザのような美女達が潜んでいるに違いない。逢いたい。逢えるだろうか。
Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)
│おんなの目