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2012年08月03日

稜線

 県立美術館で開催中の「防長の絵図―美しき古地図の世界」を見る。
 地名には風土と結びつき言語、民俗、くらし、地勢、信仰、文化など往時の人々の生活ぶりが遠いむかしから伝えられ、はるか彼方からの時間が凝縮されてくる。
 会場に江戸期の山口図がある。街区はずれには五重塔があり、石垣に囲まれた築山御殿跡も記録され、御堀に通じる鰐石橋そばに現在もある重岩が記されていた。
 町の中央部には立小路、大市、中市、米や町、道場門前とつづく。
 町並のつづく背後には方便山が画かれ「此山防長境山」と添書がある。
 中世の大内氏滅亡以後は度々の大火により町並の大半は焼失し加えて毛利氏の防長移封にあたって萩が居城となったことにより、山口は政治の中心から離れて、町筋の道幅も6間から4間と狭くなったが、1863(文久3)年に藩庁の山口移転によって市街区も復旧を見せるようになり、大内氏全盛時代の「山口古図」が示すように縦は上金古曽から下讃井までの36町、横は木町より鰐石の25町も復活を見せたが、戦後の行政区画整理では歴史的表示の地名にも大きく変化を加えた。
 古地図を見るによって復旧から明日へとつなぐ創造も生まれる。(F)


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Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)稜線
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