2014年06月07日
札の辻・21
夏場所開催中の5月18日午後、県出身で前日本相撲協会理事長をつとめた元大関魁傑の西森輝門氏が急逝した。
魁傑との思い出は長くて深い。
私が下関で放送記者をしていた1966年の秋、巡業先の北九州小倉で当時幕下三段目の西森と会って以来、幕下、十両、幕内、年寄と長い交友がつづき放駒部屋後援会長までつとめた。
思い出は多い。彼が結婚するとき結納を持って富山は花嫁の実家まで行き、手土産に防府のカマボコを持参したら、向こうからも富山のカマボコを頂いて往復カマボコ道中になったこと。
入幕時の化粧廻しは、当時県会議長の滝口さんが香月泰男画伯デザインでつくられ、旧ビラプリンスで滝口、香月、大和保男氏と小生で魁傑関に手渡したこと。
年寄株は現役中に取得するもので、当時引退の龍尭関の持株を継ぎ、宇部興産の中安会長、山口放送の野村会長には格別の協力を受ける。
魁傑が74年に九州場所で初優勝したときは山口市でも祝賀会があり市中パレードのオープンカーには橋本知事も魁傑と同乗、以後平井、二井と歴代知事の応援もある。
今回の夏場所で魁傑につづく郷土力士の豊真将は9勝6敗、豊響は8勝7敗と健闘した。
休場は試合放棄だと937回連続出場でクリーン魁傑のニックネームも残った。御冥福を。(鱧)
魁傑との思い出は長くて深い。
私が下関で放送記者をしていた1966年の秋、巡業先の北九州小倉で当時幕下三段目の西森と会って以来、幕下、十両、幕内、年寄と長い交友がつづき放駒部屋後援会長までつとめた。
思い出は多い。彼が結婚するとき結納を持って富山は花嫁の実家まで行き、手土産に防府のカマボコを持参したら、向こうからも富山のカマボコを頂いて往復カマボコ道中になったこと。
入幕時の化粧廻しは、当時県会議長の滝口さんが香月泰男画伯デザインでつくられ、旧ビラプリンスで滝口、香月、大和保男氏と小生で魁傑関に手渡したこと。
年寄株は現役中に取得するもので、当時引退の龍尭関の持株を継ぎ、宇部興産の中安会長、山口放送の野村会長には格別の協力を受ける。
魁傑が74年に九州場所で初優勝したときは山口市でも祝賀会があり市中パレードのオープンカーには橋本知事も魁傑と同乗、以後平井、二井と歴代知事の応援もある。
今回の夏場所で魁傑につづく郷土力士の豊真将は9勝6敗、豊響は8勝7敗と健闘した。
休場は試合放棄だと937回連続出場でクリーン魁傑のニックネームも残った。御冥福を。(鱧)
Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)
│札の辻