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2014年07月11日

稜線

 はじめの掲載写真に、講道館柔道創始者の嘉納治五郎師範が1921(大正10)年の6月に、第5回極東オリンピック(上海)からの帰途に山口県へ立ち寄り、県内の各地で講演をし、萩の松下村塾まで見学したことが掲載される山口県柔道の明治から大正、昭和へと、各時代別の歩みを紹介した「山口県柔道沿革史」がさきほど刊行された。
 この沿革史は現在の県柔道会館がスポーツ文化センターに再建されるまでの過程をきめこまやかに解説している。
 1945(昭和20)年の太平洋戦争終結当時、ニュージーランドやオーストラリアの駐留軍兵士による「ニッポンの柔道」愛好者たちで、山口市内駅通りの八坂神社御旅所に畳を敷きつめ練習を開始し、当時の山口在住学生たちも参加した。戦後に開設された道場としてはこれが最初であった。1959(昭和34)年5月には、県柔道協会の齋藤実会長(トヨタ自動車会長)によって社団法人として発足する。
 山口、徳山、岩国、萩、豊浦の高校柔道も盛んであった。
 沿革史の刊行に尽力した柔道八段浅田耕平氏(県警OB)は巻末に=オリンピックを境に国際化の中にあるが山口県柔道の本質は人づくりの道である=と書いている。(F)


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Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)稜線
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