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2016年02月24日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑧ 大村 益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑧ 大村 益次郎
▲往時の姿を留める適塾(大阪市中央区)

(17日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

適々斎

 緒方洪庵が主宰する適塾の名は、彼の号「適々斎」からきている。
 その号は、荘子の「大宗師篇」の中の一節、「己の適するところを適とする」に由来するという。
 「いかなるものにも左右されず、己の信じた道を行く―」
 温厚篤実。決して高ぶらず、常に謙虚であった洪庵だが、そんな中にも、凛とした毅然たる力強さを備えていたのである。

医戒

 洪庵は、ベルリン大学教授・フーフェランドの内科書の巻末「医戒の大要」を12カ条の格調高い長文に抄訳。「扶氏医戒之略」と題した。 
 その第1条にはこう記されている。
 「医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらずといふことを其業の本旨とす。安逸を思わず、名利を顧みず。唯おのれをすて、人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解する外他事あるものにあらず」
 現在でも優れた医の倫理書といわれるこの訓戒は、適塾の指導要項とされ、洪庵自らもこれを実践した。彼は、寛容と厳格とをもって門人たちを指導したのである。
(続く。次回は3月2日付に掲載します)


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