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2016年03月02日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑨ 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑨ 大村益次郎
▲塾生大部屋(大阪市中央区)

(2月24日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

一畳 

 ビルが建ち並ぶオフィス街。その一角に今も静かにたたずむ適塾。
 この建物は、1915(大正4)年、道路拡張により正面が軒切りされ、若干の模様替えが行われたが、1976(昭和51)年の解体修理では、往時の姿がほぼ忠実に再現された。
 1838(天保9)年、29歳の洪庵は、大坂の瓦町にこの塾を開き、1845(弘化2)年、36歳の時、現在の場所に移転。規模を拡張した。 益次郎が入門したのは、その翌年のことであった。
 間口が狭く、奥行きが深いこの建物は、1階の中庭の横に洪庵の書斎。その奥に、応接間、客座敷、家族部屋がある。
 門人たちには、1階の6畳の2間が教室、休憩室として当てられ、急こう配の階段上にある32畳の大部屋と10畳の小部屋(軒切り前の広さ)が、自習室、寝室とされた。こうして、1人につき畳1枚が、寝起きをし、勉強するために割り当てられたが、一時は数十人が雑居したこともあり、大変混雑をきわめたようだ。
 全国各地から集まった俊才たち。その、15歳から20歳前後の血気盛んな若者たちに交じり、益次郎22歳の蘭学修業が始まった。
(続く。次回は9日付に掲載します)


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