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2016年09月14日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(37) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(37) 大村益次郎
▲長州藩麻布藩邸跡周辺の様子(東京都港区)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(9月7日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

大老の暗殺

 1860(安政7)年は、元号が万延へと改元された年である。
 この年の3月3日朝、江戸城桜田門外において、登城中の大老・井伊直弼が暗殺された。世にいう「桜田門外の変」である。
 この時、大老を襲撃したのは水戸脱藩浪士ら18人。対する60人余りの彦根藩士は、雨合羽を着用し、刀に雪よけの束袋をかぶせていたため、応戦に手間取った。
 その後、激しい斬り合いの中で、大老の首級を挙げたといわれるのが、唯一の薩摩藩士・有村次左衛門である。彼らは、条約の違勅調印や朝廷、大名、その家臣への弾圧等、安政の大獄を敢行した大老に対し、ついにその不満を爆発させたのである。

長州藩出仕

 同年4月26日、益次郎は、長州藩の要職に就いていた周布政之助らの尽力により、長州藩雇士となり、馬廻士に準ぜられた。益次郎の召し抱えについては、彼が、蘭書会読会に参加した頃から、その動きがあったようだ。こうして、長州藩へ出仕することになった彼は、今まで起居していた鳩居堂から、江戸麻布藩邸の檜屋敷の一角に移ることになったのである。
(続く。次回は21日付に掲載します)


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