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2016年10月26日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(43) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(43) 大村益次郎
▲長い石段が続く(長崎市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(10月19日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

悲しみの淵

 一隻の船が、白い波をたて、長崎の港を去った。イネは、父・シーボルトと再び、この地で別れることになった。シーボルトが最も信頼した門人・二宮敬作。彼は死の床から恩師に別れを告げた。
 長崎市の皓台寺の裏手にある長い石段を登ると、イネが眠る楠本家の墓所がある。その墓所内には、敬作の墓も建てられている。脳溢血で倒れ体調が万全ではなかったが、恩師に会うため宇和島から長崎へと赴いた敬作。不自由な体にもかかわらず、ひたすら医業に打ち込んだ彼を誰よりも愛し、慕ったのがイネであった。
 そして、不幸はさらに続く。この年の7月、長崎を訪れていた敬作の次男・逸二が急死したのである。一説には、殺害されたともいわれている。

恩師の江戸行き

 その頃、益次郎の恩師・緒方洪庵は、大坂から江戸へ移った。1862(文久2)年8月19日のことである。益次郎は喜び、恩師に対し親切に世話をした。
 「蔵六(益次郎)は今日も早朝より終日参り色々親切に世話致しくれ助かり申し候―」
 洪庵の手紙にもこのように記されている。
(続く。次回は11月2日付に掲載します)


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