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2016年11月09日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(45) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(45) 大村益次郎
▲長井雅楽旧宅跡周辺の様子(萩市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(11月2日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

藩論一変

 洪庵がこの世を去ったひと月ほど前、1863(文久3)年5月10日、長州藩では、久坂玄瑞らが、関門海峡に停泊中のアメリカ商船を砲撃。23日にはフランス軍艦、26日にはオランダ軍艦に攻撃を加え、勝利の喜びにわいた。
 しかし、6月1日には、アメリカ軍艦が報復攻撃を開始。5日にはフランス軍艦2隻に砲撃され、長州藩の砲台は、ことごとく沈黙させられた。
 この時幕府は、諸藩に対し、「外国から攻められれば撃退せよ」といった表現をしており、攘夷に対し、積極的な姿勢ではなかった。

辞世

 こうして、藩論が攘夷へと転換した長州藩では、これより先、航海遠略策を唱え、公武合体論を主張していた長井雅楽が失脚。この年の2月6日、切腹を命じられた。45歳であった。
 「今さらに何をかいはん代々を経し君のめぐみに報ふ身なれば」「君の(が)ためすつるいのちは惜しからでただおもはるる国のゆくすえ」
 これは、雅楽の辞世である。後年、益次郎は、自らの死期がせまっていることを知った時、この詩歌を手帳に書き留めたといわれている。
(続く。次回は11月16日付に掲載します)


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