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2017年02月01日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(57)大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(57)大村益次郎
▲石州街道大曲り(周布町)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(1月25日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

光と影

 周布政之助。その頃彼は悶々の日々を送っていた。あれは4カ月ほど前のことであった。
 当時、萩の野山獄に投じられていた高杉晋作のもとを訪れた彼は、酒気を帯び馬に跨がり抜刀。門番の制止を振り切り晋作の名を大声で叫んだ。それが原因となり、50日の逼塞を命じられ、その間、政治に参与することができなかった。
 その後、禁門の変での敗北、幕府による長州征討、4カ国連合艦隊の下関砲撃。長州藩は危急存亡の秋を迎えた。
 こうした中、9月のある夜、政之助は、友人である兼重慎一とともに政事堂から帰宅の途についていた。その時、ふたりが行く石州街道の大曲り(周布町)辺りから見える東の山より、すっと満月が昇ってきた。その時政之助は、こういったそうだ。
 「ああ、今夜は良い月じゃのう。昔は月を見れば面白かったが、どうにもならぬ。月を見れば悲しみとなり。山を見れば悲しみになる―」
 そして、ため息をついたという。その日から10日後の9月26日。井上馨が襲撃された翌日のこと。政之助は藩内の混乱を招いたのは自分の責任であるとし、自らその命を絶ったのである。
(続く。次回は2月8日付に掲載します)


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