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2017年05月03日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(70) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(70) 大村益次郎
▲松本屋屋敷跡(兵庫県豊岡市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(4月26日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

城崎温泉

 3月2日、幾松は出石に着いた。途中、同行する甚助が、博打で旅費を失うという災難もあったが、どうにか孝允と再会することができた。そして16日には、孝允と広戸兄弟の妹・住子とともに城崎温泉の旅籠松本屋へ移る。
 孝允は、かつてここにも潜伏していたことがあった。当時彼は、身の回りの世話をしていた旅籠の娘・タキと結ばれるが、彼女は後に、流産したと伝えられている。

長州へ

 城崎温泉で孝允は、今までの憂さを晴らすかのように、半月間、毎晩のように酒宴を開いた。そ後、出石で営んでいた荒物屋へと戻り、4月8日、幾松、広戸兄弟を伴い町を後にした。この時周囲の者は涙を流し、その別れを惜しんだという。
 こうして彼らは大坂へと向かった。その道中、兄弟が幕府の役人によって拘束されるが、孝允と幾松は無事に船に乗り込み、途中、四国の金毘羅大権現に参詣。26日、下関へ到着。樋屋久兵衛邸へと入った。
 彼の帰国を知った益次郎は、博文とともに密かにその宿を訪ねた。
 この時、長州藩は、新たな指導者を必要としていた。
(続く。次回は5月10日付に掲載します)


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