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2017年05月17日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(72) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(72) 大村益次郎
▲諸隊名の入る灯籠がある豊榮神社(島根県大田市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(5月10日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

諸隊の編成

 幕府による長州再征に備え、長州藩では軍制改革が行われた。
 当時、藩内には、奇兵隊、御楯隊、鴻城隊、遊撃隊、南園隊、膺懲隊、八幡隊、第二奇兵隊、集義隊、荻野隊といった諸隊が編成されていた。
 この時、益次郎は、四境に幕府軍を迎えることになれば、現在の兵ではとても抵抗はできないため、農町民から兵を募集すべきである。また、烏合の衆を集めるのでは戦時に役に立たないため、早急に兵制訓練を行う必要があると説いた。
 そこで、内訌戦(大田・絵堂の戦い)で改革派と保守派の間に入り、藩内の混乱を収めた鎮静会議員で組織される干城隊以下、第四・第五銃隊、南・北のふたつの大隊、第一、二、三の装条銃隊が組織された。

武器の購入

 7月21日、井上馨と伊藤博文は長崎へ赴いた。この時ふたりは、薩摩藩士・山田親助、吉村荘蔵と変名。薩摩藩邸に入り薩摩名義でミニエー銃4300挺、ゲベール銃3千挺の購入契約をした。
 8月29日、これらの小銃は薩摩藩の船で三田尻へと運ばれ、続いて、蒸気船ユニオン号(乙丑丸)が下関に到着した。
(続く。次回は5月24日付に掲載します)


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