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2017年07月05日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(79)大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(79)大村益次郎
▲旧街道が残る叶屋の井戸周辺の様子(萩市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(6月28日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

関所

 旧街道を歩くとそこには叶屋の井戸、長州軍が陣を置いた妙権寺という寺がある。ここは山口県と島根県の県境、萩市小川である。かつてこの辺りには関所が置かれ、通行人に印形入りの木札を出させ、鑑札を与えて通過させていたという。
 その場所から200メートルほど島根県側に進んだ土床にも津和野藩の関所が設置されていた。
 6月15日、長州軍を率いる益次郎や佐々木男也、滝弥太郎らは、この関所を突破。一時、上黒谷の庄屋である斉藤斧右衛門宅を陣所とした。

小木の河原

 島根県を流れる高津川の源流は鹿足郡吉賀町田野原にある。中国山脈から湧き出る水を集め、やがては日本海へと注いでいく。
 16日未明、益次郎らはこの川が流れる向横田へやって来た。早速彼は川の調査に入った。小木の河原と呼ばれるこの場所には、当時、舟橋が架けられていたという。
 益次郎はこの川の中を、竹の棒で底を探りながら歩いた。そして彼は、漁師に10両を渡すと、舟橋を取り払うよう命じた。
 その後、長州軍は、河原にあったセンダンの大木の下に集まった。
(続く。次回は12日付に掲載します)


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