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2017年08月09日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(84) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(84) 大村益次郎
▲浜田軍が陣を置いた万福寺(益田市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(8月2日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

継梯子

 6月17日午前8時、横田に陣を置く長州軍は精鋭隊を先鋒とし、益田へと進軍を開始した。
 この時、益次郎は、兵士に長い梯子を用意するよう命じ、継梯子を作らせた。これを見た周囲の者は不思議に思った。
 彼は益田に向かう途中で、その梯子を立て、自らそれに上がり、周りの様子をうかがった。しばらく行くと、また梯子を立てさせ、市街を眺め、土地の形勢を視察した。こうした行動を見て皆は、終始感心したという。
 現在、山口市歴史民俗資料館には、益次郎が益田市街の様子を描いた石州口作戦図が収蔵されている。

民衆を味方に

 午前10時頃より、長州軍と、福山軍、浜田軍、1千人との間で、戦闘が始まった。この戦いで浜田軍は、長州軍が潜んでいた油屋を砲撃。その弾が酒、醤油の醸造庫に命中した。そこで益次郎は、一時休戦し、消火活動につとめた。こうした行為は、民衆の心をつかんだ。村人たちは長州軍に対し、水や湯、酒を提供し、兵糧や武器の運搬に協力した。だが、前方に益田川、背後に秋葉山という地の利を得た福山軍、浜田軍は、戦いを有利に進めていた。
(続く。次回は8月16日付に掲載します)


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