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2017年08月23日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(86)大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(86)大村益次郎
▲万福寺赤門(益田市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(8月16日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

浜田軍の奮戦

 こうして、益田での戦いは、長州軍が勝利をおさめたが、幕府方も奮戦した。
 浜田軍槍隊隊長の山本半兵衛は、味方を奮い立たせようとし、万福寺の山門の屋根に上がり、そこに仁王立ちになって指揮を始めた。そして、長州軍の状況を確認すると、そこから降り、永井金三郎らとともに突撃を開始。長州軍は、一時退却した。
 この時、金三郎は、刀を抜き、腰にぶら下げていた瓢箪を真っ二つに切り、その中にあった酒を一気に飲み干したという。
 しかし、その後、流れ弾が腰部に命中。彼は重傷を負った。この時、立ち向かっていた長州軍の石川厚狭之介は、一礼をし、その場を退いたと伝えられている。

散兵戦術

 この戦いで長州軍は、草木の陰、屋根の上からなど場所を変えながら敵を狙撃した。散兵戦術である。彼らは命中率の高いミニエー銃を一発撃つごとに場所を変えていった。黒色火薬は爆発すると白煙が生じるが、それを目当てに打たれるのを避けるためもある。
 拡散しながら攻撃してくる長州軍を前に、福山、浜田両軍は、苦戦を強いられた。
(続く。次回は8月30日付に掲載します)


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