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2017年10月04日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(92) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(92) 大村益次郎
▲豊榮神社(大田市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(9月27日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

豊榮神社

 島根県大田市にある豊榮神社は、毛利元就を祭神とする毛利家ゆかりの社である。ここは1870(明治3)年までは、洞春山長安寺という名の寺であった。
 元就は生前、自分の木像を作らせ、1561(永禄4)年、石見銀山の一部である要害山にあった山吹城にこれを安置した。そして、1571(元亀2)年、長安寺を建立。木像を移した。
 現在ここには、四境戦争の際、長州軍が寄贈した灯籠や石桶、狛犬などがあり、そこには、第一、第二、第三大隊、勇力隊、装条銃隊等の文字と、兵士たちの名前が刻まれている。また、灯籠の台座には盃状穴も見ることができる。 

一揆の鎮圧

 7月20日、長州軍が石見銀山領まで迫ると、代官・鍋田三郎衛門は幕府領である備中へ向けて逃亡した。その後、政治権力の空白が生じた石見地方では、農民による一揆が起きた。
 25日、南園隊の一・四番小隊が大森に出張。翌日、益次郎もここを訪れ、一揆の鎮圧を行った。猛烈な物価高騰が続く中、彼は米価対策や難渋者の救済を打ち出し、民政に尽くした。
(続く。次回は10月11日付に掲載します)


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