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2017年11月15日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(98) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(98) 大村益次郎
▲午後の宇和島湾(宇和島市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(11月8日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

イギリス艦隊

 1866(慶応2)年6月24日、四境戦争が始まって間もない頃、宇和島にイギリス艦隊が来航。祝砲を轟かせた。
 27日にはイギリス公使パークスを乗せたサラミス号が到着。翌日、午前10時頃、藩主・伊達宗城、宗徳父子は、100人の藩士を従えパークスのもとを訪れた。イギリス側は海軍操練として大小銃を連発した後、酒食で饗応。午後3時には、パークスが20人の士官とともに上陸。用意された馬20頭に乗り、藩士らとともに南御殿へと入った。その後は、藩士の剣術、奥女中の三味線などが披露される中、酒宴が催され、純日本風のもてなしがなされた。
 この時、イギリス側の通訳は、シーボルトの長男・アレクサンダー。宇和島藩の通訳は、シーボルトの最後の門人・三瀬諸淵であった。諸淵は以前、アレクサンダーの家庭教師となり日本語を教えていた。アレクサンダーは、当時の様子を、「異常な熱意で一日中授業が続くためうんざりした」と語っている。
 宇和島で数年ぶりに再会したふたりは、その後も手紙のやり取りを続け、アレクアンダーの手紙は翻訳され、宇和島藩に最新の海外情報がもたらされる結果となった。
(続く。次回は11月22日付に掲載します)


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