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2017年11月29日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(100) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(100) 大村益次郎
▲長州軍の遊撃隊が陣を置いた籌勝院(岩国市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(11月22日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

手紙

 「ヨーロッパにおけるプロイセンとオーストリアとの戦争では、オーストリアがいくつかの大きな戦いで打ち負かされ、プロイセンに和平を強いられることになりました。この戦争は間もなく終わることと思われます。(中略)私は休暇をとって宇和島でもう1回あなたに会いたいとずっと思っています。この間の訪問は私にとって大きな喜びだったのです。父(シーボルト)からはたくさんの手紙をもらっていますが、父は現在、戦地に近いミュンヘンで元気にしています―」
 1866(慶応2)年9月27日付けの手紙で、当時、江戸にいたアレクサンダーは、諸淵にヨーロッパにおける最新情報を送った。だが、この時彼は、まだ父の死を知らされていなかった。

戦略家

 四境戦争において、数で勝る幕府軍を退けた長州藩。その勝利の影には西洋式戦法、軍夫、民衆による支援、そして、薩長同盟などがあった。
 この時、益次郎は、石州口で指揮を執り、長州軍を勝利へと導いたが、この他にも芸州口の作戦なども立てており、彼が戦略家としてこの戦いに広く貢献していたことがわかる。
(続く。次回は12月6日付に掲載します)


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