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2017年12月06日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(101) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(101) 大村益次郎
▲長州軍の熕隊が陣を置いた雲相寺(徳地堀)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(11月29日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

諭示

 「一、礼譲を本とし士民の心を得る事肝要たるべく候。一、農家へ猥りに立寄るべからず。農業の妨少しも致すまじく候事。一、言葉等叮嚀に取あつかひ、いかつかましき儀これなき様いたすべく候事。一、牛馬往来の節は、道べりによけ速に通行いたさせ申すべく候事。一、田畑たとひ植えつけこれなき処にてもふみあらすまじき事。一、山林の竹木、櫨、楮等は勿論、道べりの草木をも伐取るべからざる事。一、郷勇隊の者は、おのづから撃剣場へ罷り出、農家の少児は学校へも参り教をうけ候様なづけ申すべく候事。一、隊中一団の正気を拡充いたし候間、人心をとり候外これなく、人心をとり候はば銘々躬行を宗とし、自ら感服いたし見習候様これありたき事」
 長州藩と幕府との戦いを比較した際、その決定的な違いは、民衆に対する援助である。長州藩は、家を焼かれた人々に対し食料を提供し、病人に対しては医師を派遣するなど人道的支援をしている。また、彦根藩の農兵を酒食でもてなしたうえ、旅費を与えて国元まで送り返している。
 このような配慮は、四境戦争より前に奇兵隊が掲げたこの「諭示」に見ることができる。
(続く。次回は12月13日付に掲載します)


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