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2018年01月17日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(107) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(107) 大村益次郎
▲火薬庫爆発遭難者の墓(大殿大路)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(1月10日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

諸隊の合併

 1867(慶応3)年2月23日、長州藩では諸隊の一部が合併した。御楯隊と鴻城軍が整武隊に、南園隊と義昌隊が振武隊に、八幡隊と集義隊が鋭武隊となった。そして、翌日には小郡の柳井田関門に配置されていた土塁砲兵を廃止し、運輸砲隊を編成。これを第三番隊と称した。
 また、3月4日には、萩明倫館内に兵学寮を建設。生徒20人の寄宿を許可した。

火薬庫の爆発

 1861(文久元)年、山口の天花に火薬製造所が設けられた。ここでは、一の坂川の水力を利用し器械を作動させ、煙硝が作られていた。
 1867(慶応3)年3月17日、そこで事故が起こった。製造所内の火薬庫が爆発し、作業従事者16人が爆死、数人が負傷したのである。
 犠牲となったのは、周防大島の農民・佐次郎、忠助、虎蔵、又吉、新蔵、藤兵衛、伊助。山口の商人・桑原屋半次郎、西村屋仁之熊、西村屋十助、高津屋辰蔵、吉田屋吉蔵、河野屋市熊。宮野村桜畠の農民・伊三郎。奥阿武福田村の農民・亀蔵。山口黒川村の農民・勝蔵であった。彼らは山口市大殿大路にある龍福寺の墓地に合葬された。
(続く。次回は1月24日付に掲載します)


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