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2018年06月20日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(129) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(129) 大村益次郎
▲かつては舟橋がかかっていた佐波川(防府市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(6月13日付・松前了嗣さん寄稿の続き) 

春日丸

 11月15日朝、薩摩藩の島津伊勢、岩下佐次右衛門、黒田清綱らを乗せた春日丸が三田尻へ入った。
 この時、藩主・島津忠義を乗せた船は風浪のため少し遅れていたが、間もなく到着の見込みであった。
 早速、長州藩の政府員はこの知らせを山口、徳山、広島に送った。16日朝には木戸孝允と広沢真臣が三田尻へ、17日未明には世子・毛利元徳も山口を出発した。徳山藩の世子・毛利平六郎も三田尻へと向かった。

薩摩藩主来着

 17日午後、島津忠義を乗せた薩摩藩の軍艦三邦丸が三田尻に姿を現した。
 翌18日午前には貞永邸において元徳と平六郎が忠義と会見。その後、元徳は忠義の随従員である西郷隆盛や、ひと足先に三田尻に到着していた黒田清綱と協議した。
 一方、忠義は右田毛利家11代当主の毛利筑前や木戸孝允、柏村数馬、広沢真臣らと協議し、3条の要件を決定。昼食を終えると、毛利内匠、楫取素彦、国貞直人、山田顕義、片野十郎らと会見。それから後には、忠義を応接するための酒宴が催された。
(続く。次回は6月27日付に掲載します)


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