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2018年10月24日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(147)大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(147)大村益次郎
▲宇治川派流を船が下る(京都市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(10月17日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

炎の中での激戦

 錦旗がひるがえったこの日、相国寺に陣を置いていた長州軍の第三中隊(旧整武隊)は、薩摩軍の応援のため鳥羽口へと向かった。また、東福寺に陣を置く第一中隊(旧奇兵隊)半小隊などもそこに赴いたが、現地では、薩摩軍が苦戦し、大いに疲労していた。そこで、既に到着していた第三中隊(旧振武隊)が、夜の闇に乗じて旧幕府軍を撃破した。
 一方、伏見方面では、旧幕府軍が中書島に陣を構え応戦していた。ここで第二中隊(旧遊撃隊)を主とする長州軍がこれを破り、第六中隊(旧第二奇兵隊)は、鳥羽方面に赴くため、高瀬川の土手にて旧幕府軍と激しい戦闘を繰り広げ勝利した。この時、旧幕府軍は、進路を開くため付近の民家に火を放ったが、強風にあおられたため、火が激しく燃え広がり、かえってこれが自らを苦しめてしまった。
 そこで薩長連合軍は、機に乗じてこれを撃ち、鳥羽・伏見両路の旧幕府軍は大敗したのであった。
 その後、長州軍は、第二中隊、第六中隊を休息させることとし、第五中隊(旧振武隊)、第一中隊、第八小隊(旧膺懲隊)が、戦地へ向かうこととなった。
(続く。次回は10月31日付に掲載します)


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