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2019年01月16日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は大村益次郎遭難から150年(158) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は大村益次郎遭難から150年(158) 大村益次郎
▲将軍塚青龍殿より京都の町を望む(京都市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(1月9日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

世子一行の入京

 世子・毛利元徳一行は、山口を出発後、陸路を東上し、2月1日、尾道に到着した。
 2日、世子は薩摩藩の豊安丸に搭乗、干城隊は長州藩の鞠生丸に搭乗し、3日、大坂に入り天保山に上陸。4日には鴻池に宿泊し、その後、枚方、伏見を経て、7日、京都に入った。 
 こうして世子は、10日には天機伺いのため御所を訪問。午後、河原町の長州藩邸に入ると、毛利内匠や諸士官に面会、諸兵営舎を巡視した。 
 12日、再び御所を訪れた世子に、明治天皇より御剣一口が贈られた。  

軍防事務局判事加勢

 2月22日、益次郎は、新政府より軍防事務局判事加勢を命じられた。
 この時、軍防事務局のトップである軍防事務局督が小松宮彰仁親王(仁和寺宮嘉彰親王)であった。そして、同権輔には烏丸光徳、同判事は吉田遠江、吉井幸輔、津田山三郎、土肥典膳。同親兵掛には鷲尾隆聚、壬生基修、四条隆謌、万里小路通房、平松時厚、愛宕通旭らが就いていた。
 だが、同権輔以下は、軍政および実戦には不慣れであったため、実務は益次郎が担当することになった。
(続く。次回は1月23日付に掲載します)


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