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2004年05月12日

五月

 私は、一年の中で五月が一番好きだ。風が甘い匂いを放つ。木々が芽吹く生気の香りだ。命の匂いは甘くやさしい。
 色もいい。水浅葱、青磁色、緑青、薄萌黄、青丹、鶸萌黄など日本の伝統の色がそこかしこに散らばって、私を包み、力を与えてくれる。
 現代を生きる私達の身体は、まだ古典的なのだ。大昔には存在しなかった文明や機械に囲まれていても、身体はその発達についていけないで古いままでいる。命があふれ出す五月の強い力に、私の身体は引っ張られ目覚める。五月の伝統の色彩の中で身体が喜ぶ。私は五月が好き。
 私は五月が大好きなのに、友人のSさんは、「こんなむせ返るような濃厚な五月は大嫌い」と言う。それでもしぶるSさんを説得して、毎年五月の盛りに山に入り、開けた平地の草の上で弁当を食べて、寝転がる。二人で千草色(ちぐさいろ・あざやかな青)の空を見ながら息を止める競争をする。
 息を止めて、互いが赤い顔になって、もうひとがんばりするために目をつむる。ぎゅっと目をつむり、必死で息を止めて、もうだめだと目を開いて、大きく息を吸うと、青い空が落ちてくる。全身が千草色につつまれる。私が目を開いた後も数秒Sさんはまだ息を止めている。彼女は、息止めが上手だった。なのに、今年Sさんは心臓病で入院してしまった。大嫌いな五月に、大嫌いな病院だ。
 私は、今年は一人で山に入り、寝転がった。五月は美しさを増していた。


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Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)おんなの目
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