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2015年04月08日

春の夕暮れ

 Aさんが風呂場で転んで大腿骨を骨折した。救急車でW病院に運ばれて手術となった。運の悪いことにAさんの家族は海外旅行中。友人として私が付き添うことになった。Aさん76歳。
 春の宵、手術は始まった。手術完了まで家族控え室で待つ。手術は幾組か同時に行われているようで、控え室には四組の人達が待っていた。中年の男性はローカルニュースをテーブルに頬杖をついて見ていた。が、彼はすぐに医師に呼ばれて部屋を出て行った。医師は青い手術着のままだった。
 私の横の60代後半とおぼしき女性は忙しなく立ったり坐ったりしていた。「息子が腕を骨折しましてね。庭木を切ろうとして脚立から落ちたんですよ」と私に言った。その顔は青白く不安に歪んでいた。目は虚ろ。「大丈夫ですよ。まだお若いのだからすぐに治りますよ」と私。「治るでしょうか」と手を胸の前に重ねて彼女は言った。「絶対、治ります」。
 私は友人を待っているのだから心配といっても距離がある。母親が息子を心配する心とは違う。全ての母親に慈悲の心があるとは思わないが、この人からは自分の命を差し出してもいいという深い思いが伝わってきた。彼女がまた、揺ら揺らと部屋を出て行った。小柄な彼女の背に後光が射していたように見えたのは廊下の淡い光の見間違えではない。


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Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)おんなの目
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