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2016年03月23日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑫ 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑫ 大村益次郎
▲鳴滝塾跡(長崎市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(16日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

異国の地から

 「船の左右には色々な景色が見える。風は凪ぎ、空には一片の雲もなく、おかげで、こよなく美しい光り輝く風光を眺めることが出来た」
 1823(文政6)年。遥か海を渡り、異国の地から1人の青年が長崎にやって来た。シーボルトである。彼は、1796(寛政8)年ドイツ生まれ。当時27歳。出島にあるオランダ商館の医師兼自然調査官として日本に派遣された。
 出島に到着して間もなくのこと。医学、植物学、物理学、地理学に精通していた彼は、市内に出かけ診察を行うことを許可された。やがて、その名声は次第に高まり、全国各地から多くの医師が集まるようになる。
 そこで彼は、長崎郊外の鳴滝に民家を購入し、門人たちの教育に当たった。やがてその塾は、鳴滝塾と呼ばれるようになり、ここでは、周防国出身、岡研介らが塾頭を務めた。咸宜園の出身でもある研介は、語学力に優れ、シーボルトの面会者の通訳も務めた。
 この他に、高野長英、石井宗謙、伊藤玄朴、高良斎ら、多くの門人たちが集まり、その中には、後に益次郎が親交を深めることになる、伊予国(現愛媛県)出身、二宮敬作の姿もあった。
(続く。次回は30日付に掲載します)


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