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2016年03月30日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑬ 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑬ 大村益次郎
▲出島のカピタン部屋(長崎市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(23日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

可憐なる花

 長崎に来て間もなく、シーボルトは1人の日本人女性と恋に落ちた。彼女の名前はタキ。其扇という源氏名で、丸山の置屋引田屋の抱え遊女として出島に出入りした。 
 最愛の女性と出会ったシーボルトは、医業のかたわら、もうひとつの任務である日本研究に没頭した。中でも植物には強い興味を示し、出島の中に植物園を造るほどであった。
 彼は、その植物の中で青色の大きな花を咲かせるアジサイに魅せられた。
 その可憐で優雅な花にヒドランゲア・オタクサ(お滝さん)という学名を付けた。自分の一番好きな花に愛する妻の名前をあてたのである。
 1827(文政10)年5月6日、ふたりの間に娘・イネが生まれた。3人は出島において、幸せな生活を送る。ところが、事件は起こった。1828(文政11)年、5年の任期を終え、帰国が決まっていたシーボルトの船から、禁制品である日本地図、徳川家の家紋や武者、武具の絵などが見つかったのだ。
 この事件でシーボルトは国外追放となり長崎を去る。妻・タキと、娘のイネは、バタビアに向けて出港するオランダ船を見送った。悲しい別れであった。
(続く。次回は4月6日付に掲載します)


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