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2016年04月06日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑭ 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年⑭ 大村益次郎
▲楠本イネ旧宅跡周辺の様子(長崎市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(3月30日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

長崎遊学

 西洋文化の窓口、長崎。ここには、近代西洋医学、科学の最新知識を求め、全国から多くの人々が集まった。
 1846(弘化3)年9月。適塾で洪庵の薫陶を受け、学問に励んでいた益次郎は、蘭学の本場、長崎へ遊学する。
 そこで彼は、適塾出身の蘭方医・奥山静叔に師事。約1年半にわたり、医学、蘭学の知識を深め、優れた語学力を身に付け、1848(弘化5)年2月、再び適塾に戻った。
 この遊学で、さらに成長した益次郎は、塾内において次第に頭角を現していくのであった。

産科医をめざす

 益次郎が長崎や大坂で学問に励む頃、1人の女性が、備前国(現・岡山県)で医業を営む、石井宗謙のもとで、産科を学んでいた。シーボルトの娘・楠本イネである。
 そこで彼女は、1845(弘化2)年2月から1851(嘉永4)年9月まで修業し、翌月、長崎に帰郷。阿部魯庵に師事した。
 そして、1852(嘉永5)年2月、娘・タカを出産する。
 その娘の父親は、師であり、父・シーボルトの門人でもある、石井宗謙であった。
(続く。次回は13日付に掲載します)


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