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2016年06月01日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年㉒ 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年㉒  大村益次郎
▲黄昏に染まる観光丸(長崎市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(5月25日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

海軍伝習

 「泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)たった四杯で夜も眠れず」
 1853(嘉永6)年6月3日。益次郎が長崎行きを命じられる1年ほど前。ペリー率いるアメリカ東インド艦隊4隻が、浦賀(横須賀市)に来航。久里浜に上陸すると、大統領国書の受理を要求、開国を迫った。
 轟く大砲、黒船の威嚇に怯える幕府は、オランダに援助を要請した。
 「幕府に艦隊なくしては、日本の海岸線の防備は不可能である―」
 こうして、翌1854(安政元)年6月、オランダ東インド艦隊海軍中佐・ファビウスが、蒸気船スンビン号を率いて長崎にやって来た。
 日蘭条約締結の指令を受けた彼は、蒸気機関術、造船術、砲術など、海軍に関する初歩を教授。
 8月20日に宇和島を発ち、その後、長崎に到着した益次郎も、幕府や諸藩から派遣された予備伝習の参加者とともに、海軍に関する新たな知識、技術の習得に励んだ。
 間もなく、スンビン号は、オランダに帰国するが、翌1855(安政2)年、再び長崎に来航。幕府に贈呈されることになった。その後、「観光丸」と改名したこの軍艦は、第一次海軍伝習で活躍を見せることになる。
(続く。次回は8日付に掲載します)


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