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2016年06月08日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年 23 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年 23 大村益次郎
▲眼鏡橋と中島川(長崎市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(1日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

青い瞳

 益次郎が、長崎で海軍伝習に励む頃、その町にシーボルトの娘・楠本イネが暮らしていた。
 当時3歳であったイネの娘・タカ(タダ、高子)は、晩年、母についてこう語っている。
 「母は、石井(宗謙)とふたり帰ります途中、船中で石井に口説かれましたが、母は、石井を嫌いまして、懐中にした短刀をもって、野獣のような石井を防ぎましたけれども、石井の暴力に抵抗できず、とうとう処女の誇りを破られました。
 母イネは、なかなか色白く、まず、美人という方でございました。しかし、なかなか勝気な女でした。母と二宮敬作と関係のあったようにいう者もいますが、それは全く事実無根のことと信じます。二宮先生は、なかなか義理堅い、侠気のある方で、そんなことは決してなさる方ではございませぬ―」
 シーボルトの門人であった敬作と宗謙は、師からの信頼も厚かった。
 当時、イネの養育を任されていた敬作は、産科修業のため、彼女を宗謙のもとに預けた。そこで事件は起こったのだ。
 1854(安政元)年11月、イネは、敬作とともに長崎を発った。向かった先は、かつて学んだ町、卯之町であった。
(続く。次回は15日付に掲載します)


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