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2016年06月22日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(25) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(25) 大村益次郎
▲宇和島湾を望む(宇和島市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(15日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

軍艦雛形建造

 1855(安政2)年3月21日、宇和島藩において、軍艦建造が始まった。まず着手したのは雛形で、それは、人が乗れる小型船であった。
 この時、益次郎も、この事業に参加することが決まった。
 4月14日、彼は初めて、藩主・伊達宗城の御目見得を許され、煙草入れ、手拭入れ、巻紙5帖を拝領。
 5月15日には、「御軍艦用事日々大義」の旨をもって、御菓子、御茶を頂戴した。
 蘭学の教授、西洋の兵学書の翻訳、さらには軍艦建造。益次郎は多忙をきわめた。
 そんな中、ついに軍艦雛形が完成する。8月下旬のことであった。
 こうして、9月1日、宗城は、宇和島湾に浮かぶ九島へと渡り、そこで完成したばかりの軍艦雛形に試乗。船は、宇和島湾を進んだ。
 この功績が認められた益次郎は、宗城から金500疋を拝受。同じく、この事業に携わった細工職人・嘉蔵も銀札50匁を下賜された。
 翌年、宗城は、江戸から家老にこのような手紙を送った。
 「軍艦雛形は如何随分自慢に候―」
 この度の成果に、ご満悦の様子である。
(続く。次回は29日付に掲載します)


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