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2016年07月06日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(27) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口  今年は「四境戦争」から150年(27) 大村益次郎
▲イネが過ごした三角屋敷跡(宇和島市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(6月29日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

再来日

 「時期が好転したので、1・2年の間に、私も日本へ再航する―」
 1856(安政3)年初春。二宮敬作は、胸を躍らせていた。師・シーボルトより、再来日の予定を知らせる便りが届いたのである。
 前年敬作は、脳溢血で倒れ、体調が万全ではなかったが、早速、長崎に向かう準備をはじめた。
 そして、益次郎が江戸へ向けて旅立った頃、イネと、甥である三瀬諸淵を伴い宇和島を発った。

江戸入り

 一方、益次郎は、1856(安政3)年4月9日、藩主に随従し、無事、江戸に到着した。
 彼が、初めて宇和島を訪れた際は、振り分け荷物を肩にかけ、風采の上がらない格好であったが、今回は、若党や中間、数人の供回りを連れての旅であった。
 こうして江戸に着いた益次郎は、4月14日、津山藩邸に、箕作秋坪を訪ねた。
 秋坪は、適塾の学友で益次郎と同じ年。養父である阮甫は、幕府の洋学研究機関である蕃書調所の教授を務めていた。 そこで益次郎は、秋坪の斡旋で阮甫に面会。時勢について語り合い、大変価値ある時を過ごしたようだ。
(続く。次回は7月13日付に掲載します)


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