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2016年08月24日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(34) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(34) 大村益次郎
▲萩城跡(萩市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(8月17日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

萩へ

 陸路と海路を経て、鋳銭司村に着いた益次郎の旅の記録には、16日、誓安寺。17日、陶ヶ岳と記されている。妻や両親のもとを訪れたのも、おそらくこの頃であろう。この後彼は、21日に山口へ向かい、翌日、佐々並、明木(萩市)を経て、その日、萩へ到着。数日間滞在した後、28日に萩を発ち、再び鋳銭司村へと戻ったようだ。

休暇延長

 2月1日、益次郎は、蕃書調所に休暇延長願いを送っている。そこには、「父の病気も快方に向かい、早々に出府したいが、今度は自分が病気になった。痔を治さなければ、長旅にも差し支えるため、逗留50日の御暇を願って療養したい」といったことが記されていた。

木戸孝允

 2月5日頃、再び萩を訪れた益次郎は、当時、城下に滞在していた木戸孝允(桂小五郎)を訪ねた。この時、ふたりは、竹島(現鬱陵島。現在の竹島から西北西、約90キロに位置する島)開拓について協議したようだ。
 益次郎34歳、孝允27歳。その後もふたりは、親密な関係を続けることになる。
(続く。次回は8月31日付に掲載します)


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