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2016年11月16日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(46) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(46) 大村益次郎
▲ジャーディン・マセソン商会跡(横浜市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(11月9日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

攘夷と開国

 「攘は排なり、排は開なり、攘夷しかして後、国を開くべし」
 関門海峡で外国船を砲撃し、長州藩は攘夷を決行したが、当時、藩の要職に就いていた周布政之助の究極の目的、それは開国であった。
 彼の考えは、欧米列強に対し、攘夷を実行し抵抗の意を示すこと。対等な立場になった上で、新たに開国をやり直すということであった。
 しかし、ここであらためて開国をする場合、西洋の実態を知らなければ、今のように列強に侮られてしまう。そこで彼は、藩より若者たちをイギリスに密留学させ、西洋の技術や知識を学ばせた後、帰国させようとしたのである。
 こうして彼は、井上馨、井上勝、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤博文ら5人の若者たちを渡航させることとし、藩主からは、600両が下された。
 そして、この後5人は、横浜に支店を構えるイギリスのジャーディン・マセソン商会の責任者であるガワーに、渡航の手続きについて問い合わせた。 
 しかし、そこで提示された渡航費は、ひとり当たり千両、合計で5千両という予想をはるかに上回る金額であった。
(続く。次回は11月23日付に掲載します)


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