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2016年11月23日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(47) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は「四境戦争」から150年(47) 大村益次郎
▲海の見える丘公園より横浜港を望む(横浜市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(11月16日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

男気

 5千両。この大金をいったいどのようにして工面するのか。藩主から与えられた600両についても、そのほとんどを品川宿で豪遊し、使い果たしてしまった5人。このままではとてもイギリスに渡航などできない。
 そこで彼らの中で最年長でありリーダー格であった井上馨が、長州藩麻布藩邸にあった、アメリカからの鉄砲購入資金1万両に目を付けた。
 早速、馨は、この準備金を担保に5千両を融通してもらうよう、大黒屋横浜支店伊豆倉の支配人・佐藤貞次郎に相談を持ちかけた。すると貞次郎は、藩から保証人を立てれば、大黒屋の主人が承諾するであろうと述べた。
 そこで馨が保証人として依頼したのが益次郎であった。若者たちの志を理解した益次郎は、自分の責任でもって、貞次郎とともに大黒屋の主人から5千両を借りることに成功した。決死の覚悟であった。
 「ますらおの恥を忍びて行く旅は皇御国のためとこそ知れ」
 武士の魂である髷を切り、洋服に身を包んだ5人の若者たち。彼らを乗せた英船キロセッキ号が横浜を出港した。1863(文久3)年5月12日のことであった。
(続く。次回は11月30日付に掲載します)


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