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2017年01月03日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(53) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(53) 大村益次郎
▲京都御所蛤御門(京都市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(12月28日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

上 京

 京都における尊王攘夷派の勢力は、1864(元治元)年6月5日に起きた池田屋事件により、ほとんど再起不能となった。
 9日、長州藩にその事件の知らせが届くと、血気にはやる志士たちは、居ても立ってもいられなくなった。
 15日、進発論を唱えていた来嶋又兵衛が遊撃軍を率い山口を出発。京都へ向かうと、翌日、福原越後率いる先鋒第一軍。26日には、国司信濃率いる先鋒第二軍。翌月6日には益田右衛門介率いる先鋒第三軍もそれに続いた。13日には、毛利元徳率いる中軍が、三条実美ら五卿とともに山口を発った。

禁門の変

 長州藩の正当性を主張するため上京した福原越後、国司信濃、益田右衛門介ら率いる先鋒の長州軍は、京都の町を包囲するかのように、嵯峨天龍寺、山崎天王山、伏見長州藩邸に布陣。藩主父子の冤罪を雪ごうとするも朝廷に容れられなかった。
 そして7月19日、ついに長州軍と、薩摩・会津藩を中心とする諸藩軍との間で戦闘が始まった。しかし、この戦いで長州軍は敗北。激戦によって京都市街は炎に包まれたのであった。
(続く。次回は1月11日付に掲載します)


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