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2017年02月08日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(58) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(58) 大村益次郎
▲象頭山より山口の町を望む(大内御堀)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(2月1日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

謝罪恭順

 井上馨が襲撃され、周布政之助が自刃。改革派は危機を迎えた。その後、山口の町には萩から保守派の政府員が続々と訪れ、やがて保守派一色となった。
 こうして、藩内では、幕府に対し謝罪恭順を唱える保守派が台頭。兵学校が属する山口明倫館の学業等も停止され、11月8日、益次郎もこれまでの役を免じられることになった。
 さらには、11月11日から12日にかけて、禁門の変の責任者として、国司信濃、益田右衛門介、福原越後の3人の家老を切腹させ、竹内正兵衛、中村九郎、佐久間佐兵衛、宍戸左馬之助ら4人の参謀を斬首。藩主・毛利敬親父子の謝罪、山口御屋形の破却、五卿の引き渡しなども承諾。諸隊に対しては解散を命じた。
 この時期、改革派、保守派のいずれにも属さなかった益次郎は、12月9日、博習堂用掛兼赤間関応接掛を命じられている。
 一方、湯田温泉の何遠亭に滞在していた京都の公家・三条実美は、3人の公家と土佐藩出身の随従員・土方久元らを率いて、仁保の丸山に松茸狩りに出かけている。9月27日、政之助が自刃した翌日のことであった。
(続く。次回は2月15日付に掲載します)


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