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2017年03月08日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(62)大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口  「四境戦争」から150年(62)大村益次郎
▲諸隊の本陣となった金麗社(美祢市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(3月1日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

内訌戦

 保守派の政府軍に先制攻撃を仕掛けた諸隊は、絵堂を占領した。
 しかし、この地は山間の偏狭の地で、攻守ともに不便であるという理由から、1月7日、本陣を大田に移すことになった。その後、勝利の知らせを聞いた伊佐の諸隊も集結し、まずは本陣を光明寺に置き、後に金麗社に移した。奇兵隊、膺懲隊、御楯隊、南園隊、八幡隊は、各部署に配置され政府軍の攻撃に備えた。
 こうして両軍は、1月10日、長登口から政府軍の荻野隊、先鋒隊の来襲により、再び戦火を交えることになる。
 諸隊は奇兵隊、膺懲隊、南園隊、八幡隊が迎撃。政府軍優勢の中、午前10時から正午頃まで交戦。午後、政府軍は大木津方面へ先鋒隊と力士隊約200人を配置、攻撃を開始した。それに対しこの地を守る奇兵隊参謀・三好軍太郎、第三銃隊司令・久我四郎ら率いる約150人の兵は苦戦し川上まで退いた。この時、奇兵隊軍監・山縣有朋は、川上口で戦況をうかがった後、第二銃隊に応援を求め、再び戦地へ引き返した。そして、鳥尾小弥太、山田鵬輔らは、戦場の一角、幣振坂に登り側面から攻撃。政府軍は総崩れとなり退却を始めたのであった。
(続く。次回は3月15日付に掲載します)


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