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2017年04月12日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(67) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(67) 大村益次郎
▲午後の昌念寺(兵庫県豊岡市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(4月5日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

危機一髪

 孝允は7月24日に京都を脱出した。福知山を経て丹波路を北上。その途中、久畑の関所で出石藩の役人に訊問を受ける。役人は、口ごもる孝允を不審に思ったが、この時、甚助が機転を利かせた。  
「この者は私の所有する船の船頭です」
 若き日、剣術修業に励んでいた孝允の手には、タコができていたという。櫓を漕ぐ船頭も手にタコができやすいため、武士が身分を隠すには、よくこの方法が用いられていたようである。

漂 泊

 京都から出石までの距離は約130キロ。孝允がその町に到着したのは、7月27日頃といわれている。そこで彼は、甚助の弟・直蔵の庇護を受け、まずは広戸家の菩提寺である昌念寺へと入る。だが、1カ所へ長く留まっていると居場所が露見する恐れがあるため、9月上旬には日本海に近い城崎温泉の旅籠松本屋へ、9月下旬には、出石田結庄町の畳屋茂七邸へ、10月上旬には出石から峠を越え、養父市場の西念寺へ寺男として滞在。10月下旬、再び畳屋邸へ戻り、12月上旬、鍋屋(広戸)喜七邸へと移動。次々と潜伏先を変えていったのである。
(続く。次回は4月19日付に掲載します)


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