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2017年05月31日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(74) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(74) 大村益次郎
▲桜島を望む(鹿児島市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(5月24日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

薩長同盟

 「大村益次郎」。この年12月12日、これまで「村田蔵六」と名乗っていた益次郎は、藩命により改名した。そしてこれより先、9月29日には、彼の盟友である木戸孝允が、「桂小五郎」から「木戸寛治」と名前を改めた。
 孝允は、1866(慶応2)年1月21日、京都において、薩摩藩の西郷隆盛、小松帯刀、土佐藩の坂本龍馬同席のもと、同盟を結ぶ。「薩長同盟」である。
 「一、戦と相成候時は、直様二千余之兵を急速差登し、只今在京之兵と合し、浪華へも千程は差置、京坂両処を相固め候事」
 現在残されているこの書簡は、孝允から龍馬に宛てたもので、そこには、長州藩が戦になった時には、薩摩藩が後方支援をすること。長州藩の冤罪を晴らすことなどが記されている。
 「表に御記被成候六条は、小西(小松・西郷)両氏及老(木戸)龍(坂本)等も御同席にて議論せし所にて、毛も相違無之候、後来といへとも決して変り候事無之は、神明の知る所に御座候」
 この6条からなる文章の裏面には、龍馬がその内容に間違いが無いことを確認し、朱色で裏書をしている。
(続く。次回は6月7日付に掲載します)


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