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2017年09月06日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(88) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(88) 大村益次郎
▲大麻山神社(浜田市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(8月30日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

大麻山

 島根県浜田市にある大麻山。ここには、949(天暦3)年、尊勝寺という真言宗の寺が建てられたが、現在はその礎石や石垣を残すのみである。同時期にできた大麻山神社は、再建を経て、現在も老杉の森の中にひっそりとたたずむ。
 ここは、山岳仏教が華やかであった頃は、山全体が修行の大道場となり、西の高野山と呼ばれるほどであったという。標高599メートルの山頂からは日本海が一望でき、遠くは萩市須佐町を望むことができる。

幕府軍の布陣

 6月23日から7月2日にかけて、幕府軍は軍議を開き挽回を図った。
 そこで浜田軍は、要害の地、大麻山に陣を置くこととなった。また、福山軍、松江軍は長浜村へ、和歌山軍は周布村の聖徳寺、鳥取軍は内田村や浜田城下などへ布陣。同軍の一部は出雲国今市に陣を置いた。
 一方、幕府軍を退却させた長州軍は、益田に布陣していたが、7月5日になると、南園隊が進軍を開始。内陸部の仙道を通り、嶺村へ到着した。精鋭隊、第一・二・四大隊の六中隊、清末育英隊、北第一大隊は、海岸部の浜田街道を進み、三隅へと入った。
(続く。次回は9月13日付に掲載します)


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