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2017年11月22日

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(99) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 「四境戦争」から150年(99) 大村益次郎
▲シーボルト上陸の地(周防大島町)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(11月15日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

最後の仕事

 「私は平和の国へ行く」。
 イネ、そしてアレクサンダーの父であるシーボルトは、死の直前、このようにつぶやいたと伝えられている。そして、1866(慶応2)年9月10日、ミュンヘン市内の自宅でその生涯を閉じた。70歳であった。
 彼は、1863(文久3)年、オランダに帰国した後、日本に滞在しているアレクサンダーや友人から情報を入手。再び日本に渡航する機会をうかがっていた。
 また、日本が世界貿易に参入し、ヨーロッパ諸国と対等な立場となり、双方が利益を得ることが必要であると考えていた。
 そこで、1865(慶応元)年、日仏貿易会社設立の計画書を持ってパリへ行くが、多くの賛同を得られず、翌年、故郷ヴュルツブルクに戻った。そして今度は、バイエルン政府より、日本で収集したコレクションを購入したいという話が持ち上がった。早速、彼はミュンヘンへ行くことになり、計画されていた民族学博物館設立の準備作業に没頭。愛する日本をヨーロッパの人々に紹介しようと情熱を捧げた。だが、これが彼にとって、生涯最後の仕事となった。
(続く。次回は11月29日付に掲載します)


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