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2018年02月21日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(112) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(112) 大村益次郎
▲坪井信友の墓(本町)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(2月14日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

侍医

 1858(安政5)年5月26日、江戸桜田藩邸において蘭書会読会が始まった。この時、益次郎は、指導者として出席しているが、その参加者名簿の中に信友の名を見ることができる。
 1864(元治元)年7月19日、京都で起こった禁門の変により、長州藩は朝敵となるが、江戸では長州藩士が幕府によって、ことごとく拘禁されることになった。
 この時、信友は自首し、獄へと繋がれることになった。その後、50人程の藩士らが獄中で病死したが、信友は、1866(慶応2)年5月、長州藩と幕府間で和議が成立すると本藩に護送され、その後は山口に滞在。世子である毛利元徳の侍医となり、好生堂教諭兼病院総督に任ぜられた。

異郷の地に眠る

 山口市本町にある長寿寺は、1865(元治2)年1月、吉富簡一、桜井慎平らが井上馨を総督に担ぎ鴻城軍を結成した場所である。
 この寺の墓地の片隅に信友の墓はひっそりとたたずむ。
 幕末動乱の最中、長州藩とともに苦難を乗り越えてきた信友であったが、最後は異郷の地において没したのであった。
(続く。次回は2月28日付に掲載します)


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