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2018年02月28日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(113) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(113) 大村益次郎
▲酢屋(京都市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(2月21日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

船中八策

 「一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事。一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機宜しく公議に決すべき事―」
 6月9日、海援隊の坂本龍馬は、土佐藩参政・後藤象二郎とともに、蒸気船夕顔丸に乗り込み、長崎を出帆。12日、兵庫に到着し、15日には京都河原町三条下ル車道の酢屋に投宿した。この時に書かれた船中八策は、彼らが瀬戸内海を航行中に成ったといわれているが、これが後の「薩土盟約」や、「大政奉還に関する建白書」「新政府綱領八策」「五箇条の御誓文」にもつながり踏襲されていった。

薩土盟約

 山縣有朋らが山口に到着した6月22日、京都三本木料亭では、象二郎、龍馬、中岡慎太郎、薩摩藩の小松帯刀、西郷隆盛、大久保利通らによって薩土盟約が結ばれた。
 この時、象二郎は、彼自身の大政奉還論を作り上げていた。それは、列藩会議の構想をとるもので、武力討幕は避け、将軍が自発的に大政を奉還。朝廷の一元政治の形をとりながらも、議長には旧将軍が就任、徳川本家の権威は持続させるというものであった。
(続く。次回は3月7日付に掲載します)


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