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2018年03月14日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(115) 大村 益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(115) 大村 益次郎
▲長州藩蔵屋敷跡周辺の様子(長崎市)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(3月7日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

出兵尚早論

 藩士が各地へと派遣される中、7月21日、木戸孝允と伊藤博文が長崎行を命じられ、9月4日帰国、九州の情勢を報告した。
 そして6日、毛利敬親父子は、藩政府員および諸隊の幹部を集め、討幕に関する会議を開いた。
 この時、諸隊からは、整武隊の山田顕義、鋭武隊の山田鶴太郎、南奇兵隊の林半七、奇兵隊の時山直八、遊撃隊の後藤深造らが出席した。
 この席で益次郎は、禁門の変での敗北、四カ国連合艦隊による下関砲撃などの例を挙げ、今度こそは、軍事上の計画を誤ることなく、十分に画策を施し、必勝の戦略を立てることを主張。次に失敗するようなことがあっては、維新の大業を無にすることになるとし、出兵は延期すべきだと述べた。
 この時、益次郎の意見に賛同したのは、前原一誠、宍戸璣らであったが、これに反対したのは諸隊であった。憤激した彼らは、毎日のように諸隊の隊長に出兵を迫った。そして隊長も、藩政府員に対し、そのことを迫るのであった。
 このように藩内では、出兵尚早論と出兵論の両論に分かれ、激論を交えることになったのである。
(続く。次回は3月21日付に掲載します)


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