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2018年05月30日

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(126) 大村益次郎

明治維新鴻業の発祥地、山口 今年は明治改元から150年(126) 大村益次郎
▲山口へ入る(鰐石町)

実際の紙面はコチラ(公開期間は発行から1カ月間です)

(5月23日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

討幕の密勅

 10月8日、長州藩の広沢真臣と品川弥二郎は、京都において、薩摩藩の小松帯刀、西郷隆盛、大久保利通、芸州藩の辻将曹、植田乙次郎、寺尾庄十郎らと協議し、武力行使によって合同大挙することを決めた。
 そして14日、正親町三条実愛は、真臣と利通のふたりを呼び寄せ、長州、薩摩の二藩に討幕および会津、桑名藩征討の密勅を下したのである。

出兵

 10月19日、大坂から芸州船に乗り込んだ広沢真臣、品川弥二郎、小松帯刀、西郷隆盛、大久保利通らは、21日、三田尻へ到着した。この夜、真臣は密勅を携え山口へと向かった。
 翌22日、弥二郎も、帯刀と隆盛のふたりを伴い山口へ入った。この時、利通は、体調をくずしていたため、ひとり三田尻に留まった。
 23日、毛利敬親父子は、帯刀と隆盛を招き、京都の情勢を聞くと、出兵に関する協議を行った。その結果、三田尻に滞在している薩摩兵は、飛脚船に便乗し大坂へ移動。薩摩船3隻は鹿児島へ戻り、島津久光父子のうちひとりを奉じ、兵を率いて上京することが取り決められたのである。
(続く。次回は6月6日付に掲載します)


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